一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.123【学術報告52】

ハイパーサーミアに関する最近の話題52(2020/10/16配信)

 

HSF1はAMPKを抑制することによりメラノーマの増殖を促進する

大塚健三(中部大学・名誉教授)

 

熱ショックおよびタンパク質毒性ストレス応答のマスター転写因子であるHSF1(heat shock transcription factor 1,熱ショック転写因子1)は,分子シャペロン機能を持つ多くのHSPs(heat shock proteins,熱ショックタンパク質群)を転写誘導することで細胞の生存を促進するように働いている.ところが,がん細胞はこのHSF1の機能をうまく利用することで自身の生存を有利にしている.最近の研究ではHSF1はがん発生の多くの過程(形質転換,細胞増殖,浸潤転移,薬剤耐性など)に関与していることが報告されている1).今回紹介するのは,HSF1の新たな機能として細胞のエネルギー代謝をつかさどるAMPK(AMP-activated protein kinase)*と直接結合し,その活性を阻害することによりがん細胞(メラノーマ)の増殖を促進する,というSuらの論文である2)

AMPKは3つのサブユニット(触媒活性を持つα,制御性のβとγ)からなり,αサブユニットにはATPが,γサブユニットにはAMPが結合する.細胞内のATPレベルが減少してAMP濃度が上昇するようなストレスを受けると,AMPKは,γサブユニットへのAMPの結合や,αサブユニットThr172の腫瘍抑制因子LKB1(liver kinase B1)*によるリン酸化を受けて活性化する.活性化されたAMPKはエネルギー代謝の異化過程に関与する(ATP合成を促進する)因子をリン酸化することで細胞のエネルギーバランスを維持している.また,αサブユニットThr172のリン酸基が脱リン酸化酵素(PP2A*)によって外されるとAMPKは失活する3, 4). 

 Suらの論文2)では,まずHSF1wt(1-529)がAMPKα(サブユニット)と直接会合し,LKB1によるAMPKαThr172のリン酸化を阻害することを示した.ところが,HSF1の転写活性のない変異体(HSF11-323:C末端のトランス活性化ドメインを欠損,およびHSF1324-529:N末端のDNA結合ドメインを欠損)でもAMPKαThr172のリン酸化を阻害したのである.また,HSF1wtは,ATPのαサブユニットへの結合やAMPのγサブユニットへの結合も抑制した.さらに,HSF1wtはPP2AとAMPKの結合を増強して,AMPKαThr172の脱リン酸化を促進してAMPKを不活性化させた.これらの効果はいずれもHSF1の転写活性のない変異体や24アミノ酸のペプチド断片でも観察された.つまり,HSF1によるAMPKの阻害効果は,HSF1の転写活性とは関係なく,HSF1とAMPKの直接的相互作用によることが示された.

 AMPKは,また脂質合成を促進する転写因子SREBP1(sterol regulatory element binding protein 1)*をリン酸化することでその活性を抑制する.その結果,脂質合成は抑制され,コレステロール合成も阻害されることがわかっている3).HSF1は上述のメカニズムでAMPK活性を阻害することでSREBP1の転写活性が促進され,その結果,脂質合成やコレステロール合成が増加した.マウス個体レベルでも,HSF1過剰発現個体ではAMPKシグナル経路が抑制されており,脂質量だけでなくコレステロールレベルも増加し,そのことがメラノーマ細胞の増殖を促進した.がん細胞は増殖のための燃料を補給するために大量の脂質を必要とするが,HSF1による脂質合成促進効果はがん細胞にとって好都合なのかもしれない.このようなことから,HSF1はその転写活性とは関係なくAMPK活性を抑制することで腫瘍促進因子としての役割を持つことが示された2)

 「最近の報告11」でも紹介したように,AMPKはHSF1Ser121をリン酸化することで不活性化し,腫瘍の増殖を抑制することが報告されている5).このことはストレス応答の制御因子HSF1とエネルギー代謝センサーAMPKが互いに抑制し合うことで細胞内の恒常性が維持されていることを示している.正常細胞ではAMPKが優勢で細胞増殖が正常に進行しているのだが,がん細胞ではHSF1が優勢となり1),自身の増殖に有利になっているのかもしれない.

参考文献

  • Alasady MJ, Mendillo ML. The multifaced role of HSF1 in tumorigenesis. In Mendillo et al. (eds), HSF1 and Molecular Chaperones in Biology and Cancer, Advances in Experimental Medicine and Biology 1243, Springer Nature Switzerland AG, pp. 69-85, 2020.
  • Su K-H, et al. Heat shock factor 1 is a direct antagonist of AMP-activated protein kinase. Mol Cell, 76: 546-61, 2019.
  • Hardie DG, et al. AMPK: A nutrient and energy sensor that maintains energy homeostasis. Nat Rev Mol Cell Biol, 13: 251-62, 2012.
  • Carling D. AMPK signaling in health and disease. Curr Opin Cell Biol, 45: 31-7, 2017.
  • Dai S, et al. Suppression of the HSF1-mediated proteotoxic stress response by the metabolic stress sensor AMPK. EMBO J, 34:275-93, 2015.

 

用語解説

*AMPK(AMP-activated protein kinase):細胞のエネルギーセンサーとも呼ばれ,細胞内のエネルギーレベル(ATPレベル)を一定に保つように機能している.ATPレベルが低下して,AMPとADPレベルが増加すると活性化され,ATP消費経路(同化過程)の因子を抑制するとともに,ATP合成経路(異化過程)の因子を活性化してATPレベルを保ち,エネルギーバランスを維持するように働いている.AMPKは上流のキナーゼ(LKB1など)によるリン酸化と,AMPのγサブユニットへの結合によるアロステリック効果によって活性化される.

*LKB1(liver kinase B1):消化管に良性のポリープを多発するPeutz-Jegher syndromeの原因遺伝子であり,約50-kDaのセリン/スレオニンキナーゼである.肺がんや子宮頸がんなどでしばしば変異していることから腫瘍抑制因子と考えられている.LKB1はAMPKを含む十数個の下流のキナーゼをリン酸化することで,細胞の極性,代謝,分化,増殖などを制御している.

*PP2A(protein phosphatase 2A):タンパク質脱リン酸化酵素.ヘテロ三量体でセリンやスレオニンに結合したリン酸基を外す.広い基質特異性をもつが,腫瘍促進性のシグナル因子であるRAF,MEK,AKTなども脱リン酸化して不活性化するので腫瘍抑制因子としての機能もある.

*SREBP1(sterol regulatory element binding protein 1):脂質代謝の中心的転写因子.ACC1(acetyl CoA carboxylase),FASN(fatty acid synthase),LDLR(low-density lipoprotein receptor),HMGCR(3-hydroxy-3methylglutaryl CoA reductase)などを含む約30の遺伝子を転写誘導し,脂質合成やコレステロール合成を促進する.

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