一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.133【学術報告60】

ハイパーサーミアに関する最近の話題60

 

HSF1は細胞のエネルギー代謝とmTORC1の活性化を制御することでT細胞急性白血病の進行を促進する

大塚健三(中部大学)

 HSF1(heat shock transcription factor 1)は分子シャペロン(多くのheat shock proteins)をはじめとする生存因子の転写を亢進することでタンパク質恒常性維持に寄与し,さまざまな腫瘍細胞の発生や進展,転移などを促進している1).ところが最近,HSF1がPGC-1a*(ミトコンドリア生合成を促進する転写因子)の転写を亢進することでエネルギー産生に関わるミトコンドリアの機能を増強することが示されている2).つまり,HSF1はタンパク質恒常性のみならずエネルギー代謝も制御することにより細胞の増殖を促進することがわかってきた.

ヒトT細胞急性白血病(T cell acute lymphoblastic leukemia, T-ALL)の病因の特徴の一つが,PI3K→AKT→mTORC1経路*の制御不能な活性化である.この経路の活性化はタンパク質合成の促進,タンパク質分解の抑制,アポトーシスの抑制を引き起こすことで細胞の増殖に寄与している.PTEN*はPI3Kを阻害することでこの経路を抑制し,細胞の増殖を負に制御している.T-ALLの10〜20%はPTENの欠失や変異が認められている.その結果,PI3K→AKT→mTORC1経路が異常に活性化されて腫瘍細胞の増殖が亢進する3)

 今回紹介するのは,HSF1は細胞のエネルギー代謝とmTORC1の活性化を制御することでT-ALLの進行を促進するという報告である4).実験系としては,PTEN欠損によって発症したマウスT-ALL腫瘍と,ヒトT-ALL細胞株を用いて解析している.まず,マウスT-ALL腫瘍において,HSF1を欠失させると(つまりPTENとHSF1のダブルノックアウト)胸腺での腫瘍重量が減少し,アポトーシスが増加し,生存率も向上することが示された.その腫瘍ではMAPK/ERKシグナル伝達が抑制されており,mTORC1活性とその下流の因子(p70S6K*と4E-BP*)のリン酸化も低下していた.ヒトT-ALL細胞株でもHSF1のノックダウンによりmTORC1シグナル伝達が抑制されていた.さらに解析を進めると,ヒトT-ALL細胞ではATPレベルが低下,多くのアミノ酸濃度も減少,タンパク質合成能も低下,ミトコンドリアの酸化的リン酸化の指標である酸素消費率も低下していた.HSF1が欠損するとミトコンドリア機能が低下することでATPレベルが減少することが示されているので2, 5),T-ALLにおいても同様のことが起こっていると著者らは述べている.ATPレベルが低下するとmTORC1活性が抑制されることがわかっている.その結果,下流の因子(p70S6Kと4E-BP)のリン酸化が減少して翻訳(タンパク質合成)も低下することになり,それによってT-ALL腫瘍の増殖が不利になる.したがって,タイトルにもあるように,HSF1は細胞のエネルギー代謝とmTORC1を活性化することでT-ALL細胞の増殖を促進していることになる.

最近,HSF1はNAD+の生合成経路の酵素であるNAMPT*の転写を活性化することで細胞内NAD+濃度を増加させることが報告されている5).NAD+は解糖系やクエン酸回路の酸化還元酵素の補酵素として異化代謝を亢進し,ATP合成を促進することで細胞の増殖に寄与する.また,サーチュイン*やPARP*などの酵素はNAD+を基質としており,NAD+はこれらの酵素を活性化する6).サーチュインやPARPはいずれも細胞の生存に有利になるように働いている.

今回取り上げた論文はHSF1の新たな側面を示しており,HSF1を標的としたがん治療法が有望であることを示唆している.

参考文献

  1. Alasady MJ, Mendillo ML. The multifaced role of HSF1 in tumorigenesis. In Mendillo et al. (eds), HSF1 and Molecular Chaperones in Biology and Cancer, Advances in Experimental Medicine and Biology 1243, Springer Nature Switzerland AG, pp. 69-85, 2020.
  2. Ma X, et al. Celastrol protects against obesity and metabolic dysfunction through activation of a HSF1-PGC1a transcriptional axis. Cell Metab, 22: 695-708, 2015.
  3. Girardi T, et al. The genetics and molecular biology of T-ALL. Blood, 129: 1113-23, 2017.
  4. Eroglu B, et al. HSF1-mediated control of cellular energy metabolism and mTORC1 activation drive T cell lymphoblastic leukemia progression. Mol Cancer Res, 18: 463-76, 2020.
  5. Qiao A, et al. The transcriptional regulator of the chaperone response HSF1 controls hepatic bioenergetics and protein homeostasis. J Cell Biol, 216: 723-41, 2017.
  6. Rajman L, et al. Therapeutic potential of NAD-boosting molecules: The in vivo evidence. Cell Metab, 27: 529-47, 2018.

用語解説

*PGC-1a(peroxisome proliferator-activated receptor g coactivator-1a):ミトコンドリアやパーオキシソームの生成を促す転写因子.ミトコンドリア機能が増強するのでATPの合成が促進されて細胞の生存や増殖に有利に働く.

*PI3K→AKT→mTORC1経路:リン酸化によるシグナル伝達経路の一つ.細胞外からの信号により受容体型チロシンキナーゼ(RTK)が活性化すると,PI3K(phosphatidylinositol-3 kinase)がリン酸化されて活性化し,ついでPDK1(phosphoinositide-dependent kinase 1),AKT(protein kinase B),次にmTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1)がリン酸化によって活性化される.活性化されたmTORC1は下流のp70S6Kや4E-BPをさらにリン酸化によって活性化することでタンパク質翻訳を促進し,細胞増殖に寄与する.

*PTEN(phosphatase and tensin homolog):PI3Kの活性を阻害することでPI3K→AKT→mTORC1経路を抑制し,細胞増殖を負に制御している.PTENの変異や欠損がこの経路を活性化し,細胞増殖が異常に亢進する.したがって,PTENはがん抑制因子の一つである.

*p70S6Kと4E-BP:p70S6K は40Sリボソームのサブユニットの一つであるS6をリン酸化するキナーゼ(70 kDaのタンパク質)であり,mTORC1によってリン酸化されると活性化して翻訳を促進する.また,4E-BPがmTORC1によってリン酸化されると翻訳開始因子(eIF-4E)から解離して翻訳が活性化される.

*NAMPT(nicotinamide phosphoribosyl transferase):NAM(nicotinamide)からNAD+(nicotinamide adenine dinucleotide)の前駆体であるNMN(nicotinamide mononucleotide)を合成する酵素で,NAD+濃度を増加させる.

*サーチュイン(sirtuin):長寿遺伝子の産物で.ヒトではSIRT1からSIRT7までの7つが同定されている.サーチュインはNAD+を基質とする脱アセチル化酵素であり,ヒストンやさまざまな転写因子などのアセチル基を外すことで,ストレス条件下でも細胞が生存できるように機能して,老化遅延や寿命延長に寄与している.サーチュインはカロリー制限や,適度な運動,メトホルミン,レスベラトロール,またNAD+の前駆体であるNMNなどによっても活性化される.

*PARP(poly-ADP-ribose polymerase):NAD+を基質として標的のタンパク質にADP-リボースを付加していく酵素.PARPはDNA修復をはじめとして,転写,シグナル伝達,ストレス応答などさまざまな細胞機能に関与しており,細胞の生存を助けるように働いている.

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